人にやさしくありたいから、瞳へのやさしさにこだわります。

レインボーについて

これまでの歩み

半世紀にわたり、コンタクトレンズ製造技術の進歩に貢献してきました。

レインボーコンタクトは、昭和30年にコンタクトレンズの開発・製造の基礎研究を始めました。

その4年後、創立者の小倉保雄は世界で初めて開かれたコンタクトレンズ学会に日本のメーカーを代表して出席したことをきっかけに、当時先進的だったアメリカの製造技術を導入し、国内においてコンタクトレンズの本格的な製造を開始したのです。
昭和37年には国内で初めてコンタクトレンズの製造と販売の認可を厚生省(現在の厚生労働省)より受け、以来、医家向けの検査用レンズや円錐角膜用レンズなど、一般のコンタクトレンズの製造技術とは一線を画する分野でも高い評価をいただくことができました。

今では「高度な技術力を持つ会社」という言葉をいただくなど厚い信頼感を寄せられております。

昭和30年 コンタクトレンズ開発・製造の基礎研究を開始。
慶應義塾大学医学部、東京医科大学各眼科教室の指導を受ける。
昭和32年 東京、日本橋蛎殻町にレインボーオプチカル研究所を設立。
コンタクトレンズの製造・販売を開始。
昭和34年 第一回世界コンタクトレンズ学会に日本メーカー代表として出席。同時に米国の製造技術を
導入、レースカット法によるハードコンタク トレンズの本格的な製造を開始する。
昭和36年 組織を株式会社に改組。
株式会社レインボーオプチカル研究所を設立。
昭和37年 厚生省(当時)より日本で初めてハードコンタクトレンズ製造・販売の許可を得る。
昭和47年 厚生省(当時)よりソフトコンタクトレンズ開発第一次グループとしてレインボーソフトの
承認を受ける。
昭和59年 小倉信典 代表取締役就任
昭和60年 酸素透過性ハードコンタクトレンズ“ハイサンソ”の製造承認を受ける。
平成 2年 遠近両用コンタクトレンズの第一号“レインボーバイフォーカル”の製造承認を受ける。
平成 4年 米国アラガン社(当時)ハイドロコンクタトレンズの日本総代理店契約を締結。
平成 4年 酸素透過性ハードコンタクトレンズ“ハイサンソα”製造承認を受け発売
平成 6年 酸素透過性乱視用ハードコンタクトレンズ“ハイサンソαT”の製造承認を受ける。
平成 7年 遠近両用コンタクトレンズのトータルアプローチ「F2LIFE」としてハードレンズ“モア”、
ソフトレンズ“エシェロン”の販売を開始。
平成 8年 米国ザ・ライフスタイルカンパニーと同社の遠近両用コンタクトレンズ日本総代理店契約を
締結。
平成 8年 遠近両用コンタクトレンズ“クレール”、同ソフトレンズ“フォービュー”を発売。選べる
遠近両用マルチチョイスシステムとして販売開始。
平成13年 クレールのアップグレードバージョンとして酸素透過性と装用感に優れた“クレール
DXコンフォール”を発売。遠近両用コンタクトレンズの国内市場をリード。
東レ株式会社に販売名“プレリーナ”としてOEM供給を開始。
平成14年 左右に別設計のレンズを装用する、新しい発想の遠近両用ソフトコンタクトレンズ
“バイフォーカルマチュアビュー”を発売
平成15年 O2・ハードコンタクトレンズ洗浄保存液(1液タイプ)“モイストワン”発売
平成16年 酸素透過性ハードコンタクトレンズ“ハイサンソZEW”製造承認を受け発売
平成17年 ISO 13485:2003認証取得
平成19年 酸素透過性非球面ハードコンタクトレンズ“ハイサンソu”の製造販売承認を受け発売
平成19年 “モイストワン”に抗菌作用を加えた、O2・ハードコンタクトレンズ洗浄保存液(1液タイプ)
“モイストワンプラス”発売
平成22年 高酸素透過性非球面ハードコンタクトレンズ“プロミネント”発売
平成24年 高機能コンタクトレンズ“ニューステージ075”発売
プレミアム遠近両用ハードコンタクトレンズ“ニューステージ175”発売

  • レインボーについて
  • 私たちの想い
  • これまでの歩み
  • 基本的な考え方
  • 心をこめたものづくり
  • 会社概要